魔法少女シニカルツルギ

 日曜日。
 最近ではとても珍しいことだったが暇だった。
 昼前に起きて軽く食事をとり、ぼんやりテレビを見ていても誰もやって来ない。
 まあこんな日もあるさってことで、せっかくだから一人で町をぶらついてみることにした。
 普段だと必ず誰かいっしょなので、特にぶらぶらとして見るだけでも結構新鮮な気分。
 ウィンドウショッピングしてみたり。
 本屋で立ち読みしてみたり。
 キャッチセールスから逃げてみたり。
 ゲームセンターに入ってみたり。
 不良に路地裏に連れ込まれてみたり。

「あぁ?聞いてんのかコラ」

 すっごく新鮮。

 状況を整理する。
 ここは日曜の昼下がりの繁華街。
 でも路地裏。誰も来そうにない。足元見るといつのかわからないゴミとか散らばっている。
「コラ、なにキョロキョロしてんだオイ」
 目の前にリーダーっぽいのが一人、その脇に手下っぽいのが一人、俺の後ろにもう一人。全員とくに武器とかを持っている様子はない。
 相手の戦力は把握できた。
 これなら―――


「ごめんなさい僕が悪かったです許してください」


 勝てない。っていうかそもそも俺は喧嘩なんかできない人なのだ。
 古くから「色男、金と力は無かりけり」って言うじゃないか。
「……わかりゃいいんだ、わかりゃ」
 不良のボス―――東とか呼ばれていたやつも面食らっている。
 こういう不良っぽいやつに対する対策はただひとつ。とりあえず謝って許してもらう。
 どーせたいした理由もなく因縁つけてきてるんだろうし、自尊心さえ満たしてやればあっさり解放されるものだ。経験上。
「なんだこいつ、根性ねえなあ」
「ちゃらちゃらして女とばっかりくっちゃべってるからこうなるんだよ」
「ざまあねぇなあ」
 はっはっは、というよりがっはっは、とかそんな感じで下品な笑い声を上げる不良たち。
 ああ、あれか。女にもてない不良が嫉妬して俺にちょっかい出してきたわけか。
 こいつらもこんなことばっかしてないでもうちょっと考えればいいだろうに。
 まあ、それを思いつかないぐらい頭悪いから不良やっているのかもしれんが。
「……てめぇ、なんだその眼は?」
 いかん。無意識に哀れんだ目をしてしまったっぽい。
 東さん怒り心頭って感じだ。
「口先ばっかのやつってむかつくよなあ……」
「やっちまいますか?」
「女が寄って来ないような顔にしてやりましょうよ」
 いかん。大ピンチだ。逃げ道はないし不良どもはやる気まんまんって感じだ。
「なあに、大人しくしてりゃすぐすむよ。ちょっと傷つけるだけだって」
 おお、出た。不良のステータスシンボル、バタフライナイフ。
 ……とか言っている場合ではない。
 俺の顔に傷などついたら悲しむ女がひのふの……とりあえず三人思いついた。
 っていうかきっと痛いだろうからまず俺が泣く。
 慌てて後ろを見る。
 手下Aが道をふさいでいる。
 しかもいつの間にかずいぶん奥に来ちゃってるから叫んでも無駄っぽい。
 かくなる上は―――

 がしっ

 手下Aを何とか押しのけて逃げ出そうと思ったら、手下Bに羽交い締めにされた。
 そしてボスの前まで引きずられていく。
 八方ふさがり。
「観念しな」
 ボスがナイフをちゃらちゃら言わせながら、すっごい悪党面で近づいてくる。
 何ていうか、そのままナイフとか舐めたらB級映画のチンピラとして出演できそうな顔。
 そんな顔ばっかしてるから女にもてない―――とか考えたらボスの形相がまた一段と凄まじいものになった。
 また思ったことが顔に出てたんだろうかキャー誰か助けてー……

 ごしゃ。どさ。

 なんか後ろから凄まじく鈍い音が聞こえた。
 ボスがあっけに取られている。
 俺は手下Bに羽交い締めにされているので振り向けない−

 ごす。ずるるばたん。

 またボスがあっけに取られている。
 とりあえず手下Bから開放されたっぽいので後ろを振り向く。
 そこには黒いコートをきた女の子が。
 その後ろには手下Aが倒れていて、ちょうど頭の横あたりに砕けたブロックが転がっている。
 で、女の子の足元には手下B。物もいわず倒れている。
 右手にはなんだか固そうな黒光りする金属の棒。いや、よく見たら刀の鞘か?
 親父が趣味で持っていた日本刀に似ている。
 いや、親父の刀の鞘はあんな凶々しく光る金属製じゃなかったけど。っていうかなんかべったり赤黒い液体が付いているのは気のせいですか?
「な、な、な……なんだテメェッ!!!」
 おお、さすがボス。手下がやられても逃げ出したりしない。さすがに声は裏返ってるけど。
 ボスの声に応えるように少女は鞘に収めたままの日本刀を器用にくるくると回して、ポーズを付けて名乗りをあげた。
「私は通りすがりの正義の魔法少女シニカルツルギ」
「……」
「……」
 そういえば、今のポーズは幼葉が前見ていたアニメのポーズに似ている気もする。
 どうしたものかと思ったが、俺にとっては敵じゃないみたいなので手を上げてみる。
「あの、質問が」
「何か」
「その手に持っているものは」
「代々伝わる魔法のステッキ」
「……」
「……」
「銘は和泉守兼定
「いや、それ魔法のステッキの名前じゃない」
 チャキ
「見事な魔法のステッキです」
 どうやら助けに来てくれたらしい魔法少女に無言の脅迫を受けた。貴重な経験である。
 いや、っていうか魔法少女
「……てめぇ、ヤルってぇのかこらやったるぞオラァッ!」
 何とか立ち直ったボスが勇気を奮い起こして手に持ったナイフを鳴らす。
 さっきまで自分に危害を加えようとしていた人間だけど、その根性は認めたいと思う。
 少なくとも俺だったらこんな状況に立たされたら何がなんだかわからずに―――

 ドガッ!

 俺がモノローグしている間に魔法少女はボスを思いっきり蹴り飛ばしていた。
 背丈こそ平均より上だろうが、それでも小柄な少女の蹴りでボスは見事に吹っ飛んでいく。
 そして、そのまま窓を突き破ってビルの中に。
 魔法少女もその手にステッキを握り締めてボスを追う。

 ずしゃっざくっぶしゃっざくっ

 なんだか魔法少女と言う単語とはかけ離れた音がビルの中から聞こえてきて、やがて静かになった。
「あのぅ……」
 恐る恐る中に声をかけてみると、戻ってきた。魔法少女が一人で。
「もう大丈夫。危ないところだった」
「あ、いえ。あ、どうも……」
 とりあえずお礼はしておいた。何はともあれ俺は無傷で済んだわけだし。
「あの、質問よろしいでしょうか」
「はい、何か」
「あの東とか言うやつは……」
「帰りました」
「……」
「愛と正義の魔法の力で改心して帰りました」
「えーと、そのステッキを使ったんでしょうか」
「勿論」
「……」
「何か他に質問は?」
「いえ、結構です」
 じいちゃんが言ってた。世の中には知らないほうがいいことがあるって。
「それではこれを」
 そう言うと少女はコートの内ポケットから、今度は魔法少女と言う単語にふさわしい可愛らしい笛を取り出した。
「これは?」
「ピンチになったら吹きなさい」
 いや、それは魔法少女ではなくヒーローものでは。とか言うと魔法のステッキが唸りそうなので何も喋らず受け取ることにする。
「それではまた」
 そう言うと風が吹き、瞬きしている間に魔法少女の姿は無くなっていた。
「……夢?」
 思わずそんなことを呟いてみるが、現実なのは間違いない。
 俺の手の中には魔法少女から貰った笛、そしてなにより現実感あふれる路地裏に転がる不良たち。
「……帰るか」
 うんそうだ。とりあえず今日は家に帰ろう。
 そして俺はわが家に向かう。なんだか泡を吹いて痙攣し始めた不良からは目をそらして。




「ただいま……」
 家に戻って見ると、鍵が開いたので声をかけてみる。
 また幼葉が遊びにきてるんだろう。
 見慣れない靴があるから、友達もつれてきてるんだろう。
 まあそれ自体は珍しいことじゃない。
 でもまあ、こんなごっつい編み上げブーツ履く友達っていうのは珍しい。
「あ、お兄ちゃんおかえりー」
 今から幼葉が出てきた。
「友達か?」
「うん!」
 そう言って幼葉が元気よくうなずくと、その後ろから友達も顔を見せる。
「はじめまして」
「はじめま……んあっ!?」
 そこにいたのは、
「はじめまして、冬瀬ツルギです」
 礼儀ただしく挨拶をするさっきの魔法少女
「はじめまして……って、え?」
「は じ め ま し て」
「は、はい。初めまして……」
 何か言おうとする前に威圧され、屈服する俺。
 幼葉はそんな俺たちのことには全く気がつかずに元気よく言葉を続ける。
「ツルギちゃんは最近引っ越してきたの」
「あ、そうなんだ……」
「お兄ちゃんのとなりの部屋に」
「なにをーっ!?」
「これ、お近づきの印のお徳用洗剤」
「いやだからちょっと待てー!」



 それが俺と魔法少女(自称)な冬瀬ツルギの出会いだった。
 そして俺の平穏な日常がわりと凄い勢いで崩れ始めた記念日でもあった。



 ちくわんが昔対俺用にデザインしたキャラに不覚にも萌えてしまったので書いたSS。
 なんとなく気が向いたので微妙に改訂してこっそり公開してみる。
 ちょっと昔の分なんだけど、このころの方が面白かった気がするなあ。うーむ。